フロリダの風

ウルトラランナーのランニングライフ

【大会参加記85】ひらかたハーフマラソン2000

2000年1月のひらかたハーフマラソンは1時間46分で完走。

 

2日連続のハーフマラソンで、前日の門真ハーフマラソンと同じく淀川河川公園を走るコースで、門真よりは少し北のひらかた地区で行われた大会でした。

 

ラソンを始めた当初はハーフマラソンを走ると翌日はかなりな筋肉痛になっていましたが、毎週のようにフルマラソンを走るようになると、だんだん筋肉痛になりにくくなっていき、2日連続でもハーフマラソンを走れるようになりました。

 

この後は、ハーフどころか、フルマラソンも2日連続で走れるようになっていきます。

 

前日の門真が1時間41分、ひらかたが1時間46分と、5分タイムが落ちていますが、これは2日連続走った影響ではありません。

 

この時、どこまで先頭を走れるかやってみようとして、スタートからキロ3分余りで走る先頭集団について行ってみました。

 

結果、1キロまでついていくことができ、その後も必死で先頭を追いかけたため、序盤でバテて後半失速したからです。

 

1キロとはいえ、先頭集団で走ったのは、気持ち良かったです。

 

 

 

 

【大会参加記84】門真ハーフマラソン2000

走ることが楽しくなってきた2000年の最初に参加した大会は門真ハーフマラソンでした。

 

門真市の淀川河川敷で行われた大会で、この年は1時間41分で完走しました。

 

年末年始は実家に帰る習わしで、実家では走ることができなかったので、毎年正月明けには体が重くなっていました。

 

それでも前年の11月~12月にかけて毎週のようにフルマラソンを走っていたので、それなりに走ることができたのだと思います。

 

この頃になると、ハーフマラソンは大会参加というよりも練習という感覚で走っていたように思います。

 

 

 

 

【大会参加記83】加古川マラソン1999

1999年の加古川ラソンは1時間36分で完走。

 

2度目のハーフ100分切で、当時の自己ベストのタイムでした。

 

この頃はフルマラソンを中心にウルトラマランほ本格的に始めようとしていた時期で、ハーフマラソンは練習という位置づけでした。

 

この年は年間のマラソン大会参加回数が30回で、加古川ラソンは1999年の締めくくりの大会でした。

 

ハーフで初めての100分切を達成し、北海道マラソンに初参加、そして初めてのフルマラソンサブフォーと、飛躍の年となりました。